蚊に刺されて気づかないのはどうして?

夏になると活発になる蚊。人間はなぜ、蚊に刺されても気づかないのでしょうか。じつは、その秘密は蚊の口にあります。蚊の生態と蚊に刺されないための秘訣を、蚊の専門家である嘉糠洋陸さんにうかがいました。

今回お話をうかがった方

嘉糠洋陸さん

衛生動物学者。2001年大阪大学大学院医学系研究科博士課程修了、博士(医学)。理化学研究所、米国スタンフォード大学などを経て、2005年帯広畜産大学原虫病研究センター教授。2011年から東京慈恵会医科大学熱帯医学講座教授。2014年から同大学衛生動物学研究センター長を兼任。著書に『なぜ蚊は人を襲うのか』(岩波書店)。

蚊は2種類の針を巧みに使って血を吸う

蚊の口の構造

 

蚊は人間や動物の皮膚に針を刺して血を吸います。しかし、刺されている側はそのことに気づかないケースがほとんどです。どうしてそんなことが可能なのでしょうか。嘉糠さんは「蚊の口の構造」にその秘密があると言います。

嘉糠さん「蚊の口はものすごく微細な構造になっています。まず、先端にあるノコギリ状の針をゆっくり上下に振動させながら皮膚を上手に切り裂いて、そこにストロー状の針を差し込みます。

痛々しく聞こえますが、そもそも2本の針は、一般的な採血用の針の1/10と非常に細いため、人が痛みを感じる痛点を避けやすく刺されても気づかないのです。吸血の際に麻酔成分を含む唾液をターゲットの体内に送り込んでいるとも言われていますが、人に気づかれないという意味では、針の細さのほうが大きく影響しているものと考えられます」

 

暗闇でも人間を感知できるのはなぜ?

蚊が察知する「二酸化炭素」「におい」「熱」の様子


 

夏の寝苦しい夜。寝室に侵入してきた蚊の羽音に悩まされた経験がある人も多いはず。そもそも、蚊は暗闇の中、どうやって人間を感知しているのでしょうか。嘉糠さんによれば、その手がかりは人の体から放出される「二酸化炭素」「におい」「熱」。蚊はこの3つの要素から人間の居場所を探り当て、近づいてくると言います。

嘉糠さん「蚊は距離に応じた要素で人間の存在を感知します。長い距離では人が呼吸する際に吐き出される『二酸化炭素』を感知し、中距離では『におい』、最終的には『熱』でターゲットの居場所を特定するのです。体が大きく呼吸が荒い人、よく汗をかく人、大人より体温の高い赤ちゃんなどに蚊が寄っていきやすいのはこのためです。また、たとえばお酒を飲んで呼吸の回数が増えたり、体温が上昇したり、シャワーを浴びられずに体臭が強く出ていたりするときには、通常時よりも蚊を惹きつけやすくなります」

 

蚊が血を吸うのは「いいにおい」の人間だけ

人にニオイに蚊がひきつけられる様子

 

こうした蚊の特性をふまえれば、蚊に刺されないための対策も見えてきます。特に重要なポイントは、体から発するにおいです。このにおいとは、誰しもが持つ汗や体臭などのこと。嘉糠さんによると、体臭をケアする、あるいは別のにおいでカモフラージュすることで、蚊から狙われにくくなると言います。

嘉糠さん「ほとんどの蚊は生涯で一度しか、人の血を吸うこと、つまり『食事』をしません。そのため、複数のターゲットがいた場合には、より、好みのにおいを発している人を狙います。そのため、複数人のグループで蚊が多くいる場所に出かける際は事前にシャワーを浴びて清潔にしておくことがおすすめです。汗や体臭などの蚊にとっておいしそうなにおいを消しておくと、グループ内でターゲットにされる確率を減らせます。あるいは、ハッカでも香水でも何でもいいのですが、『人間っぽくないにおい』をまとうことで蚊の食欲を減退させられる可能性があります

男性が寝ている様子

では、自宅に入ってしまった蚊に対してはどうしたらいいのでしょうか。自宅に蚊が入ってしまうと、外に出ていかせるのは難しく、退治するほかないそうです。そこで嘉糠さんがおすすめするのが、さまざまなメーカーから販売されており市販で購入できる通称「ワンプッシュ蚊取り」。これを寝室に常備しておけば、蚊の羽音が聞こえたらワンプッシュするだけで手軽に蚊を退治できると言います。

嘉糠さん「蚊取り線香のように、常に殺虫成分を出し続けるものが苦手という人もいますが、こうしたスプレーならワンプッシュで長く効果が持続します。特に家族の中でも刺されやすい人は、これを枕元に1本置いておくだけで安心して眠れるのではないでしょうか」

嘉糠さんによれば、人間が生活する家は蚊にとって「ごちそうのにおいが充満する場所」なのだそう。刺されていることに気づくのがほぼ不可能なだけに、少しでも蚊を寄せ付けない、ターゲットにされない対策を講じておきたいところです。

この記事の内容は2024年7月17日時点での情報です。