暑い夏でも、日常の中に涼を感じる瞬間はあるものです。そのひとつが風鈴の音色。風鈴が風に揺れて音が鳴ると、不思議と空間が涼んで心が安らぎます。音響研究者の土田義郎さんが教えてくれた、風鈴と涼やかさの関係を紹介します。
音がもたらす気分の変化。風鈴の音色に注目
人の行き交う雑踏や電車の音、虫の鳴き声など、私たちはさまざまな“音”の中で生活しています。そして普段の生活を振り返ると、音によって“気持ち”や“気分”が変化していることに気付くことがあります。夏を象徴する風鈴の音色もそのひとつ。
そんな風鈴の音に魅了され、音による心理的効果を研究しているのが、金沢工業大学建築学科教授であり、40年来の風鈴コレクターでもある土田義郎さんです。
一口に風鈴と言っても、素材や形によって奏でる音は多種多様。土田さんは、「種類によって風鈴の音が人に与える印象も大きく異なる」と言います。
では、風鈴が奏でる多様な音の中でも、人がもっとも心地よく感じるのはどのような音なのでしょうか。お気に入りの音楽を何度も聴いてしまうのと同じように、自分が心地よいと感じる風鈴に出会えれば、日常の中に安らぎを感じる瞬間が増えるかもしれません。
土田さんの研究室が導き出した、心地よい風鈴の音に関するひとつの答えを教えてもらいました。
人は長く余韻の残る風鈴を好む傾向にある
まず土田さんの研究室が注目したのは、風鈴が奏でる音の余韻(減衰時間)です。素材・形別の23種類の風鈴の音を無響室で録音し、それぞれの音の余韻(減衰時間)を測り音響実験を行なったと言います。
土田さん「風鈴は、素材によって音の余韻(減衰時間)が大きく異なります。傾向としては金属製か否かの違い。金属製の風鈴であると余韻(減衰時間)が長く、そうでない風鈴は余韻(減衰時間)が短いということがわかりました」
それぞれの風鈴のおおまかな音の属性を把握したところで、土田さんの研究室は「人が心地よく感じる音」の傾向を調査※していきました。すると、人が感じる風鈴の音の「好き」「嫌い」は、風鈴の余韻(減衰時間)と関わりがあることがわかったと言います。
土田さん「それぞれの風鈴の音色を聞いて『好き』と答えた人が特に多かったのは『南部風鈴』と『鈴虫風鈴』、『魚住風鈴』、『御殿風鈴』、『かなざわ風鈴』でした。この結果は、なんと音響実験でわかった余韻の長い風鈴とぴったり同じだったんです」
確かに楽器などでも、最初に鳴った音よりも消えかけている余韻のほうが心地よく感じることがあります。風鈴の余韻も同様で、耳に残るかすかな響きが印象に残りやすいというのもわかるような気がします。
※被験者20名に各風鈴の音を聞いてもらい、どのような印象を持ったかのアンケートを実施。
万人受けする風鈴は、金属製で均一で丸い形状
音の余韻が長い風鈴は、素材や形状などの見た目からある程度判断することができます。これらも心地よい風鈴を選ぶ際のひとつの指針になるでしょう。
まず、繰り返しになりますが実験で人気が高かった風鈴はすべて金属製でした。「鈴虫風鈴」や「かなざわ風鈴」の素材である真鍮(しんちゅう)は、金管楽器の素材でもあること、「魚住風鈴」「御殿風鈴」の砂張(さはり)も寺院で使われる「おりん」の素材でもあります。どれも「音」を鳴らすために使われている素材だと考えれば納得です。
さらに、音を長く奏でるという点では風鈴の形状も大切になってきます。理想は、均一で丸い形状。形状に歪みがないほど、音は周波数が均一でシンプルになるからです。音と音のぶつかりが少なくなれば余韻も長くなります。
風鈴コレクターがおすすめ風鈴を3つセレクト
風鈴の音に人の好みの傾向はあるものの、音楽や食の好みと一緒で、「最終的に心地よいと感じるのはその人の感性による」と土田さんは言います。
そこで1万種類以上の風鈴の音を聞き分けることができるという土田さんに風鈴ビギナーに向けて、最初に触れてほしい風鈴をピックアップいただきました。
【鋳鉄】高く澄んだ音を鳴らす「南部風鈴」
金属製(鋳鉄)の風鈴としてもっともポピュラーなのが「南部風鈴」です。風鈴はもともと中国から「風鐸(ふうたく)」として伝来し、当時は魔除けとして使われていたようです。このときの風鐸の素材は青銅が中心でした。南部風鈴は安価に作られたため日本人に馴染み深いものだったそう。
土田さん「実際に持ってみるとずっしりと重みがあり、密度の高い南部鉄器で作られていることを実感するでしょう。厚みが均一なので、金属特有の澄んだ音色を感じやすいのも、万人に好まれる理由のひとつだと思います。そのためCMで使われる風鈴の音は、南部風鈴の場合が多いですね(笑)」
【真鍮】鈴虫の鳴き声のような音色の「小田原風鈴 鈴虫」
続いて紹介するのは、小田原の鋳物の歴史を受け継ぐ「柏木美術鋳物研究所」の「鈴虫」です。見てのとおり、装飾がなく丸みのある形状は、余韻を長く響かせる風鈴の条件とまさに一致しています。
土田さん「真鍮が奏でる繊細な音はその場の空気を変えるような美しさ! 実際に『柏木美術鋳物研究所』の工房を見学したことがあるのですが、音をよくするための合金の独自の配合レシピがあるそうです。また、短冊に小田原箱根の伝統工芸『寄木細工』を使用しているなど、細部までこだわりが詰まっています」
柏木美術鋳物研究所
住所:神奈川県小田原市中町3-1-22
電話:0465-22-4328
【ガラス】カランコロンと軽やかな「江戸風鈴 小丸 金魚」
江戸風鈴とは、江戸時代からの伝統的な製法で作られているガラス製風鈴のことです。その基本的な形であるのが「小丸」。音をよくするために、切り口の部分をギザギザに仕上げているのが特徴です。
土田さん「ガラス製なので金属製のものと比べると、圧倒的に余韻は短いですが、軽やかな音色がクセになります。特に、面白いのが絵柄の豊富さです。写真のような伝統柄だけでなく、近年では東京の街並みやクリスマスツリーを描いたものなどのモダンなデザインが多く登場しています」
篠原風鈴本舗
住所:東京都江戸川区南篠崎町4-22-5
電話:03-3670-2512
不規則に聞こえる音色や風になびく風鈴の姿を見ていると、不思議と心地よい気分になれるもの。涼やかな音色と心地よい余韻をじっくりと堪能して、猛暑を涼しく乗り切りましょう。
てらまちや風心庵
今回ご紹介いただいた風鈴はすべて土田さんがオーナーを務める一棟貸の宿「てらまちや 風心庵」で見ることができます。築100年の町屋をリノベーションした宿の一階には、全国各地から集めた風鈴が並んでおり、さまざまな風鈴の音色を聴き比べることが可能です。
住所:石川県金沢市寺町3-2-32
電話:076-209-7912
この記事の内容は2023年7月19日時点での情報です。