スマートフォンや専用端末の普及により身近な存在となった電子書籍。しかし読書好きの人の中には「内容が頭に入りやすい」、「読書に集中できる」など、電子書籍に比べ紙の本のほうが“読みやすい”と感じている人も多いのでは? 実際、電子書籍と紙の本とで“読みやすさ”に違いはあるのでしょうか。脳科学を専門とする酒井邦嘉さんにうかがいました。
電子書籍に比べ、紙の本は読んだ内容が記憶に残りやすい
脳科学の観点で電子書籍と紙の本を比較した場合、紙の本のほうが、内容が記憶に残りやすいため“読みやすい”と感じるのでは、と酒井さんは言います。
酒井さん「脳に記憶された情報は、思い出すための“手がかり”があると、よりスムーズに取り出すことができます。たとえば、一度行った場所の道順は、歩いているときに見えた風景や前を通ったお店など、道順に紐づく“手がかり”があると、より思い出しやすいですよね。実は紙の本には、電子書籍にはない記憶の“手がかり”がたくさんあるんです」
装丁や厚み、ページが記憶の“手がかり”に
紙の本における“手がかり”とは、具体的にどのようなものなのでしょうか。
酒井さん「紙の本ならではの“手がかり”となるのが、本の装丁や厚みといった実体を含む情報です。紙の本を読む際には、本の内容だけでなく、本のサイズや手触り、そして読んだページの位置などをまとめて記憶しています。たとえば、紙の本を読み直す際に、パラパラとめくることで読みたいページの見当をつけられる人は多いと思います。それは、ページに記載された内容とともに手に取った際のページの厚みという、記憶の“手がかり”があるからです」
対して電子書籍の場合には、ページの厚みや本のサイズといった、手で触れることで得られる“手がかり”がありません。そのため、紙の本に比べ、読んだ内容を思い出しにくい傾向があるのだそうです。
画面に表示された文字は集中して読みにくい?
このほか、紙に印字されていること自体にもメリットがあると酒井さんは言います。
酒井さん「文字が紙に印字されている紙の本に対して、電子書籍の文字は液晶の画面に点灯している光に過ぎません。特に明るいバックライトでは、光源を見つめているのと同じ状態なので、脳細胞は文字よりも周りの強い光のほうに強く反応してしまいます。脳では限られた血流を必要な場所に振り分けていますから、強い光に反応している分だけ、読書や文章理解のために割り振られるはずの血流が減ってしまいます。結果として脳は読書と文章理解に集中ができないのです。
逆にいえば、紙の本のほうが脳は読書に集中できますし、それだけ記憶の定着につながると考えられます。ちなみに、紙の本を読むときに白熱蛍光灯や昼光色LEDの下で読むと、紙の表面に強い光が反射してデジタル表示と似たような状況になってしまうので、暖色灯や間接照明のなかでの読書がおすすめです」
検索の便利さが電子書籍ならではのメリット
紙の本のほうがたくさんのメリットがあると言う酒井さんですが、電子書籍にも、複数冊の書籍をひとつの端末にまとめて持ち運べるなど、紙の本にはないメリットもあると言います。
酒井さん「“読みやすさ”に関連する電子書籍のメリットとなるのが『特定の事柄を手軽に検索できる』ことです。特定の言葉や登場人物などを膨大な文字の中から調べることに関しては、電子書籍に軍配があがります。その最たるものが検索機能です。電子書籍や電子辞書の検索機能を使えば、目的の単語にたどり着くまでは、紙の本よりも電子書籍のほうが早いと言えます」
ただし、紙の本が持つ「検索の手間」にも利点があると言います。
酒井さん「目的の単語を調べるだけなら電子書籍のほうが便利ですが、紙の本や辞書の場合、目的の単語を調べる際に、同じページの周りにある単語や文章なども眺めつつ調べることができます。周辺の情報もあわせて取り入れることができる点は、紙の本ならではのメリットと言えるでしょう」
本を読む際、内容が記憶に残りやすいのは紙の本ですが、見出しや登場頻度の低い単語を素早く探したい場合には電子書籍のほうが“便利な”こともあるでしょう。このように電子書籍と紙の本には、それぞれの特徴があります。特徴をよく理解して利用することで、より読書を楽しむことができるのではないでしょうか。
この記事の内容は2024年11月13日時点での情報です。